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「ものづくり」が好きなんです

4.5日と伝統工芸館で行いました硯彫りの実演、盛況のうち終えることができました。
ご協力下さったみなさま、足を運んでくださった皆様、有難うございました。

普段製作現場は対面式でもなく、工房にひきこもって作業しているわけですが、
大勢の、また硯、書道に特別な思いを今お持ちでない方も見に来て下さるところでの実演からは、
また違った見方を教わるものでした。

「40年前に学校で墨を磨ったのが最後だわ」
「じゃあこの機会に押入れから出して磨って書いてみたらいかがですか?」
などの言葉のやりとりをすると早速書いてみたいと楽しげに笑って帰られる方がいたり。

「ちょっと見せてください」
「どうぞ、硯お好きなんですか?」
「ものづくりされてるところを見るのが好きなんです」
と話される20代の女性は何か会話を交わすこともなく1時間くらいだったでしょうか、
作業を見ていかれました。

ものづくりに対する日本人の考え、
ものづくりから感じ、呼び起される日本人の感情は、
間違いなくそこには「日本のものづくり」への懐かしさや面白さ、
奥深さを知ってのものなんじゃないかと思わされました。
「日本のモノはいい」
そう思われる日本で、モノづくりに携われることに誇りを覚えます。



青柳貴史


at 22:43, 墨のかたち企画室, 談「筆墨硯紙」

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技術が作った今日の日本 (2)

 
「台東区伝統工芸振興会」

台東区では技術者、職人、専門家が今なお多く活躍されている。
それら技術、知識、文化を残すべく運営される組織のひとつ、台東区伝統工芸振興会。
知人の職人の紹介で、会での活動の機会をいただくことができた。
認可がおりれば継承活動の幅をうんと広げることができる。
技術の継承は技の研鑽のもとにある。
29日。なんと実り多い一日か。

思いから出会い、出会いから機会。

技術の研鑽、継承への確かな一歩にすべく、
硯に向かった29日。



(写真は硯の裏面。変形の硯板。要所に清代後期の特徴の雲紋を刻したものです。)

青柳貴史

at 00:09, 墨のかたち企画室, 談「筆墨硯紙」

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技術が作った今日の日本 (1)


「もの作りを忘れてしまったらどうだ。日本の行先は怖いものだよ」
 

今日、とある職人さんに言われた言葉が強く残る。
作り手が減っている。
何かのモノづくりに秀でた、技術者、知識人が確実に減ってきている。

2年前からひとつの運動を考えてきた。
「硯の技術の継承」である。
祖父、父から学んだもの。
硯を刻る技術だけでなく、まつわる様々な知識をふまえて、
受け継ぎ、残していく必要がある。
そこで身のまわりに目をやると、
使っているノミ、砥石、様々な道具にもたくさんの疑問が湧いてくる。
道具は祖父から受け継ぐもので70年使用していてもまだ使える。
けれどこの道具を今作るとなると、どの材質を用いてどう作るのか。
たとえばノミ。
当時こしらえてくださった技術屋の方はもう連絡がつかず、辞められていたようだ。
かろうじて父の知るところをあたり、行き着いた技術者の方にいろいろ尋ねることができた。
今の科学の分析力をもってすれば素材は判明する。
ただその素材をこのかたちに溶接することが難しいという。
高純度タンガロイ、真鍮、鉄、溶解温度の異なる三種を順番にのせる技術。
紹介された職人の方にどう難しいのか説明を聞き、
頭で理解したつもりでも自分でやってみるとまるでうまくいかない。
これが技術というものだと思う。



今回は幸いにも作ってもらうことができ、その資料も残せたが、
「また70年後作るとき、これが作れる日本か分からないよ」
と言葉をいただいた。
溶接におけるその道の方今後への懸念。



溶接されたノミの刃先は確かなものに仕上がっていた。
これが技術なのだと痛感させられた。

自分で四代目にあたる工房だが、
硯を彫る技術、磨く技術、硯材、道具、さまざまな知識、
これも文献だけでは残せない。
放っておいたら掘り起こせないところに埋もれてしまうかもしれない。
硯を使うことが少なくなった今、職人が減れば、道具の需要もなくなり、
こうしてノミ一本作るのも危うい。
いま、行動が必要だった。
現在、硯材の採掘をしていない東京では硯職人、有技術者は片手で数えられる数しかいない。
他県各硯産地で行われている継承活動と同じく、運動が必要なのである。
「浅草によき硯工房あり」
目標とした伝えるこれら。
本日一歩だけれど、大きな一歩をいただけた。

つづく

硯職人
青柳貴史

at 22:44, 墨のかたち企画室, 談「筆墨硯紙」

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ビリヤードの台で墨が磨れます

 
玉山市は上海から杭州の南を通って西へ車で4時間ほど走った街です。
その郊外に玉山、名前の通りの山があり、有名な硯の石材が採石されます。
ぼくらが子供の頃、学校や書道塾で使ったあの硯、「羅紋硯」の産地です。
「なかなか濃くならないなぁ」などとボヤきながら、
友達より早く墨を黒くしたくて一心不乱にゴシゴシ磨った記憶のある思い出の硯。

作硯現場は山から市内に入るところにあって日本、韓国向けの硯を何軒かで作っています。
それら工房で硯を彫り、磨くといった作業には女性が多く見られます。
ここ、我々の作業場とやりかたは基本同じにしても、
とれる暖もなく、屋外と大差ない環境で硯を磨く水仕事は身体に堪えるでしょうと訪ねてみると、
「そうでもない」と笑顔で返されたものです。
こりゃあエアコンのある屋内工房で作業している我々、
「冬の仕事は堪えるね〜」なんていった泣き言など言えたものでないと思わされました。
小学校時代のオレよ、もう一度あの頃に戻り職人さんに感謝しながらゴシゴシせず磨墨せよ。





タイトルの話ですが、山で石を切っている職人と話しているとき、羅紋硯材は
硯のほかにビリヤードの台、建築材のタイル、に使われていると耳にしました。
ビリヤードの台を剥いてしまえば大きな大きな硯になるわけですね。
ちなみにここの玉山も家庭料理が美味しいところです。

墨のかたち
青柳貴史

at 23:47, 墨のかたち企画室, 談「筆墨硯紙」

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硯を「彫る」前に

「さてどうしようか」
と、良い硯材に巡り合うと毎回手に取り、うんと考えるものです。
どう彫るか、どう見せるか、石を観察しながら取り組みを決める時間は非常に楽しい。
ただ彫るといっても簡単でなく、いっそ手など入れないほうが良いものもあったりします。
だから彫る前に取り組み方を決めるまではなかなか長い。

そんな時間なのでいろいろなことをする。
昔の硯の文献、硯譜を引っ張り出してみる。
ひとたび高揚すれば硯材を水にひたして悦に入る。
腹が減り近所に新しい飯屋が出来たと耳にしたら足を運んでみる。
そうだ花見なども見頃だと隅田川を歩いてみる。

「モノヅクリ」において「意識」は大変大切なものだと常々思うものです。
花見や食事も「美しい」「うまい」を感じながらやはり思うものです。
この感動させる源をどこかで応用できないものかと。

100年後も「綺麗なもんだ」と思っていただけますように、と願いをこめて彫るとします。
刻には蔦と葉。見せ場は墨堂の柔らかい肌。
この肌、なんとご馳走でしょう。





追伸)隅田川の夜桜、上を見上げるとなんとも綺麗な景色に会いました。





墨のかたち
青柳貴史



at 00:23, 墨のかたち企画室, 談「筆墨硯紙」

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